140字では書けない

アラサー異常独身男性

2011年(1)

10年前の今頃は高校卒業直後で、大学の後期試験に向けて風邪をこじらせながら過去問を解いていた。

震災翌日が後期試験だった。
体調不良でとても会場まで向かえない、という判断を私がしたのか両親がしたのかはっきり覚えていない。とにかく、当日は父親の運転で名古屋駅前の後期試験会場まで連れて行ってもらった。
我ながら、なんと優しい両親だろう。

高熱で朦朧としながら、車中のラジオで淡々と流れる被害報告を聞いた。
自分は歴史の生き証人になってしまったのだと思った。

こんなタイミングで、自分はわざわざ受かった地方公立大学を辞退した。
震災の年に私は予備校で浪人をすることになった。

生活の基盤を奪われた人々をモニター越しに眺めながら、俺には俺の拘りがあるんだと言い聞かせた。

震災を思い、勉強できる身分に感謝しなければならないと思っていた。
勉強できない人の分まで思い切りやってやるつもりで、実際やったつもりだった。当時の行動に後悔はない。

ただ、惜しいことに被災地について極めて表層的な情報しかインプットしていなかった。

今思えば、きっかけが野次馬根性でも良いから被災地に行き、ささやかなお手伝いでもすれば良かったと思っている。

労働力としては非力でも、同時代に生きた人間として震災の現実を目の当たりにし、触れて、感じて、メディアに濾過されない生臭い現実を伝えていくことが、被災地外の平凡な人間ができる重要な役割だと思うからだ。
(続く、はず。)