140字では書けない

アラサー異常独身男性

平成の終わりの東京

数年後、殆どの若者から見れば歯牙にもかけられない気持ち悪いおっさんとして、僕はみなされてしまうだろう。

そうなった時、記憶の風化で「昔は良かった」とか「若いというだけで素晴らしい」などと青春期を回顧しないように、
「昔は昔で酷かった」と気づけるよう平成の終わりを記録する。







会社に入ってからは家と会社の往復を繰り返すだけ。
無趣味で、週末はグルメと女にばかり金を使う。それ以外は平日に蓄積された疲労の回復だけに気を遣った。歳相応のライフイベントの萌芽は全く生まれようがない。


私の灰色のような会社員生活と対照的に思えたのが、高校の同級生Uさんだった。
彼女と在学中はそこまで仲が良かったわけではない。むしろほかの女子クラスメイトより話さなかったかもしれない。彼女とは私が大学入学後にSNSでよく関わるようになり、大学の休暇中には2人で食事もしたこともあった。謎めいた間柄だった。

Uさんは東京で看護師として働いている。
確か、昨年転職をしたようだった。夜勤が無くなったようで、プライベートに時間を割けるようになったらしい。
SNSではかねてより嗜んでいた弦楽器を演奏する様子を頻繁に目にするようになった。
単なる演奏だけでなく、社会人サークルを通じてのセッションの様子、友人たちの交流の様子をキラキラしたSNS投稿から知った。
会社以外で全く人間関係が無かった自分には眩しすぎるけれど、決して彼女はキラキラな一面だけを投稿しようとする訳ではなくて、気取らずに音楽を楽しんでいるのが彼女の素敵なところだった。

2019年4月中旬、Uさんはインスタグラムに「平成の終わりにセッションをします!見に来てね」と告知していた。
場所は池袋にある小さなスタジオだった。彼女が所属するサークル内のバンド幾つかが発表会をするらしい。

彼女にSNSで連絡を取ると、関東で就職した高校の同級生幾名も来るとのこと。仲の良かった面子だ。しかも、卒業以来会っていない。
正直、東京でのUさんの友人の輪に入るのは敷居が大変高いけれど、高校の面子と会えるなら東京旅行もいいかもしれない。そう思った僕は、急遽東京旅行の計画を立てることにした。

といっても、行き帰りの列車を調べるぐらいで他の準備は衣服の替えの用意ぐらいだった。宿は最悪ネットカフェでいいだろうと安易な気持ちで出発した。

 

4月28日18時過ぎ。
曇天の新宿アルタ前。僕はスマホで必死にメンズエステの出勤表を確認していた。
なんで東京まで出てきて…という気持ちと、「東京だから高いサービスを味わうべきだ」という気持ちが交錯していた。
そして、2019年12月30日現在では顔もはっきりと思い出せないが、「AV女優」かつ「人気嬢」を指名したようだった。悪い思い出はないし、かわいい子だったという記憶はある。それなのに覚えていないということは、私が東京に来ただけで疲れてしまったということだろう。
Uさんのセッションは明日の夕方。それまでは東京観光を十分にできる。
本当はハモニカ横丁や歌舞伎町のディープな所を歩き回りたかったけれど、早めにネットカフェに退却し睡眠をとる。

 

翌日4月29日。
ネットライターのヨッピー氏が記事で挙げていた「おすすめ銭湯」の一つに行き、旅の疲れを癒す。彼女のセッションは夕方17時。それまでは神保町で大きな声では言えない「マニア向け」の本を探して回ることにした。

梅雨が間近に迫る4月終わりの東京は蒸し暑く、ネットカフェの床で寝たことによる疲労と相まって地味にダメージを与えてくる。
神保町にある洋食店で「さわやか」のハンバーグを貧相にしたようなミディアムレアのハンバーグをいただいた後、数件の古本屋を巡っているとLINEのメッセージが入った。
大学の友人からだった。東京にいることをSNSで伝えていたら、昼飯に誘ってくれた。

既にお昼をとってしまっていること、夕方は友人の演奏を聴きに行くことを伝えると
「また今度東京に来たら飯でも」と言ってくれた。

歩き回るのが疲れてしまい、私はUさんのセッションが始まる1時間前に会場へ向かうことにした。会場では他のバンドも演奏をしているとのことだったので、時間は潰せる。
もしかすると高校の友人も既にいるかもしれない。

最寄り駅の池袋駅から徒歩で15分。駅周辺の喧騒が遠くなった頃、2F建てのビルの地下に目的地のスタジオがあった。この時点で、めちゃくちゃ敷居の高さを感じていた。

狭い出入口を通ると、四畳半ぐらいのカウンターがあり、常連さんと「マスター」っぽいおじさんが話している。そのほかには次のセッションまで待機している人が3~4人おり、舞台の前にいる座席が埋まっていたため、僕が立ち尽くしていた出入口付近にうろついていた。

私は新参者のため、立っていると目立つ。気まずいから、さっさとお通しのドリンクを頼んで無理やり座ってしまおうと思った。
「マスター」に声をかけると、彼がこのスタジオはみんなのカンパで成り立っていること、ドリンクはへんてこな貯金箱に入れれば一定量は自由に飲んでいい旨を話した。
一部は聞き取れなかったが、頷いていた。おそらく次に来ることはないから、適当に聞いていた。

時間になるまで他のバンドの演奏を聴く。
気づけばUさんの出る時間になった。他のバンドメンバーと何曲かセッションをする。
私には演奏の知識はないけれど、彼女を含め一定レベルの技術を持った人たちの演奏は大変聴き応えがあった(当たり前)

演奏終了後の歓談中、身内の人と談笑する彼女に恐る恐る「久しぶり~」と声をかけると、来てくれてありがと~!と言ってくれた。結局一度も高校の他の友人たちが現れることはなかった。彼女を交えながら、このスタジオの常連さんと世間話をした。
Uさんが東京で拡げた音楽の人脈の2割くらいは把握できた。
正直、Uさんとじっくり会話したかったけれど常連さんとどうでもよい会話ばかりしてしまった。
「どこから来られたんですか」
「名古屋(愛知)です」
「わざわざこんなところに!!」
「いや、東京観光の一環で…」
「観光地にしては濃すぎませんか!!」
(ほかにも、神保町でマニア向け写真集探してました、なんて言えるはずがない)

 

気づけばUさんの方を見ると、東京で仲良くなったバンドメンバーと談笑していた。
あの男性は…彼女のインスタで見たことあったような気がした。
常連さんとの愛想笑いに疲れた僕は、一言だけ彼女に別れの挨拶を伝えてスタジオを出た。

スタジオを出ると雨が降っていた。
足早に池袋駅に向かう。
あの男性はおそらくUさんの恋人だ。
もう少し彼女と話したかったけれど、彼女には昔話より今の友人との音楽談義の方が楽しそうだった。私は邪魔者だった。

もうすぐ5月なのに、春の雨に特有の生温かさは無かった。冷えた体を温めるために、
天下一品に駆け込む。今日の宿は途中で見つけた綺麗目のあそこのネカフェにしよう。早めに寝て、明日の午前中にはさっさと東京を出よう…


弾丸旅行だった。
ジャズセッションの賑やかしに来たのか、高いレベルの性感マッサージを受けに来たのか、孤独を味わいに来たのか。

今度Uさんと相見える時、彼女はあの男性と結婚しているような気がする。