140字では書けない

アラサー異常独身男性

許容範囲について語るときに僕の語ること

脳のリハビリのため、10分以内で書く。

 

①数ヵ月ぶりにコロナリスクに怯えながらマッサージ屋に行った。

②セラピストのルックスが僕の許容範囲から大きく外れていた。

③台風一過の晴天にもかかわらず部屋はタオルの生渇き臭で満ちていた。

④人の顔色ばかり窺う僕は「^^;」みたいな顔で会話し、施術を受けた。
セラピストの性格に問題は無かった。

⑤しかし、②と③について施術中に耐えられなくなった。本日行ったマッサージ屋はセラピストとの密着が売りになっていたが、オイルまみれにされて不快感がMAXとなり離脱を決めた。
モテない青年期では女性の言う「生理的に無理」のジャッジを憎み、マッサージに通うようになっても面食いであるがマッサージ嬢との交流を重要視していた。
決してルッキズムに与しない、大学女性のスタイルを気持ち悪い目で観察してもそれを心に秘してホモソーシャルでネタにしない。
労働で今は小汚い中年となった僕でも、かつてはそれくらいの品性は持っていた。
しかし、少なくとも今日のこのシチュエーションでは「このブスでこの部屋は無しやろオラぁ!」とキレてしまった。

⑥急に仕事を思い出したような体で、電話をかけたいです…すみませんっ…という臭い芝居(臭いのは部屋だが)をした。セラピストを追い出した上でスマホで会社に電話をかける振りをした。

スマホで時刻を確認すると、入店から30分が経過していた。90分コースで予約したため、残り60分間も不快な施術を受けるのは耐えられない。すみません、仕事で~><;と言ってひたすら謝った。

 

⑧なんでこんなにくずなんだろう。それでも、耐えられなかった。

2020.04.30 Web会議で叱責される

在宅ワークで作成すべき成果物ができず、退勤後に夕食を取ってから資料作成をする気も起きず、
タスク先延ばしにしていたらこの時間となってしまった。
職場でテレワークをしているのは私だけだ。意地でもやりきらなければ、肩身が狭い。


また叱責されるんだろう。
昨日はWeb会議で初めて詰められた。
応答時間差のある説教は対面よりずっと不愉快で、通話を切ってバックレたくなる衝動を飲み込んでいた。

もはや部長級には完全にサンドバッグとしか思われてない気がする。こちらもペコペコする気力が無く、できるだけ平静を装って相槌を打つ。
最近まで同じくサンドバッグ要員となっていた上司は、来月で退職となる。

一般論として担当の仕事の進捗率が極端に悪い場合、往々にして個人の能力以前に仕事を阻害する構造があるものだ。

自職場の場合もそうで、その構造を大なり小なり是正しないと何ともならないと偉い人の前でキレたら「感情論で言われても困る」と突き放された。指示をくれる訳でもなく。

管理者の歩み寄りもないまま、実担当の我々が1から10まで現状を定量的に記録するところから始まったのが数ヶ月前。

結局、問題を改善する前に、上司は職場を変えることを選んだ。
私はそれが正解だと思う。
人生はあまりに短い。自分のコントロールできること(職場を変える)に全力を注ぐ方がずっと建設的だ。

正解はずっと前から分かりきっている。
連休明けは会社に入って2度目(笑)の退職意思表明をする。今度は「辞めること」が既に揺るがず決まっていることを告知する。
人生はもっと楽しくできるはずだ。

消息不明

リクナビの先輩社員紹介に出てきそうな、
周りが期待する有能若手社員だって、
やればやるほど追い込まれて結果的に昨年俺と同じ時期に休職した。

そして未だに会社に戻ってきてない。

そういうことがありふれてるのは、
この時代の普通の会社では当たり前か。
俺が間違ってるのか、ただ青いだけなのか、
この会社にいると何もかもが分からなくなる。
ただ、入った時から中堅社員がどんどん消えていった。


消えたい。

Uさん

ミニシアター「シネマイーラ」がコロナ影響で休業状態になっているのがツイッターで回ってきた。

「今さら行くわけにもいかないし、クラウドファンディングで何とかできないのかなぁ」などと在学中は一度も行かなかった割に心配する。
そして、なぜか研究室のU先輩のことを思い出す。

U先輩は、卒業後アニメの制作進行に携わると言っていた。今は元気にされているだろうか。

森達也の映画について教えてくれたり、政権与党の批判を語る先輩は、大学で出会った人の中では宇宙人のような、はっきり言えば訳のわからない存在だった。
第一印象は、目の奥底に怒りを感じた面白い先輩だった。自分にはない芯と哲学を持っていて、世の中に憤りを持っているのが先輩だった。

先輩と会った学部3年当時は学部就職するか院進学するか悩みに悩んでおり、結局就職を選んだ直後だった。
重要な選択をした直後で、心理的に余裕が無かったため、先輩とは意見が違う(=面白い)と思った価値基準や職業観などを掘り下げることはしなかった。
単なる面白い話として消費し終わってしまった。

そこで内省をしていても、結局私は今の会社に入ってしまったであろうし、辞めるか辞めないかみたいな状態で3年過ごしてしまっただろう。

それでも、ある前提条件付きで会社にしがみつくのと惰性で働くのは違う。
家庭を持たない私が、感受性を磨り減らして、読書はもちろんドラマや映画すら見なくなるような生活にまでなったのはあまりに耐えすぎたと思う。
現状それで特に困ってないけれど、人間的には枯れている。

過去の「もしも」を考えるならば、圧倒的に個人主義な先輩と「会社をどう利用するか」「どういう条件ならサラリーマンを辞めるか」などと空想でも話しておけばまた違った未来があったかもしれないと思う。

昨今の状況で限られた人生の残り時間を自覚させられ、惰性では働いていられなくなった。
耐え難いほど会社を辞めたいという気持ちがあり、休息できていない。

復職後以降、とっくに働くべき期間は過ぎていて、やっと抜け出す行動をしたと思ったらコロナ禍に巻き込まれた。

辞めるつもり会社のコロナ対応なんてものは、馬鹿らしくてやっていられない。定年まで働くつもりの人が死ぬ気でやればいい。

先輩ならそう怒るだろう。それとも学生だから先輩はあんなに尖っているように見えただけだろうか。

とっくに僕は怒るべきだったんですよね。先輩。
僕も、周りの同僚も、余りに不感症になりすぎました。

2020.4.11

日記らしい日記を久しぶりに書く。

午前10時過ぎに活動開始。頭の片隅に仕事のことが離れず、突き上げるような退職衝動に苦しむ。直視したくなかったが、我慢しすぎた。もう病気なんだと改めて思う。

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想像していたよりも未来は小説的だね

入社して間もない頃、定年までの公私含めたイベントを記した未来年表なるものを
経営者の前で発表する機会があった。

ご多分に洩れず、当たり障りない内容を作成してみんだで発表した。
発表後はその年表をどこかにやってしまい、今日の夕方まで存在を忘れていたのだが、部屋を掃除していたら見つけてしまった。

年表を見てみると、2020年は仕事面は特に記載が無く、「オリンピック中の東京を撮影する」という
しょっぱいプライベートが書かれていた。

実際は撮影したいという拘りはなく、年代を象徴するそれっぽいイベントだから空白を埋めるために書いただけだったと思う。
当然のように実施されると思っていたんだろうが、延期となった理由は当時の自分には想像もつかないだろう。

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