140字では書けない

アラサー異常独身男性

流していいことダメなこと

週末は友人と食事。

直近プロジェクトの愚痴を洗いざらい話し、
ひたすら共感してもらい自尊心を回復する(←クズ)つもりだった。

実際は、お互い仕事以外のことを話していたら
辞める職場のことは水に流そうと思えた。
数ヶ月荒れていたから、何気ない会話に救われた。友人には感謝している。


アンガーマネジメントができなければ、短い人生を更に消耗してしまう。
仕事だけやって死ぬ訳にはいかないのだから、もうちょい大人になって、明るく日々を過ごすよう努めないといけない。

僕が怒鳴った例のおばさんや上司にどれだけ腹が立っていても。

まだやるべきことは多くある。
マッサージ女性への告白&訣別、転職、街コン&連れ込み、マッサージ店開拓など…

2020年はまだ始まったばかりだ。
(例によってオチはありません)

ぶん殴るぞ

初日から愚痴こぼしていたらキリがないけれど、今の職場に3月末までいるのがしんどい。


ろくに働かん障害者雇用の同僚が休みボケか何か知らねぇけどお願いした仕事もせず缶コーヒーを飲んでた時は蹴り飛ばそうかと思った。

同僚は周りがどれだけ仕事を積んでても引き受けようとしない。こっちは無理矢理にでも仕事(雑用)を与える羽目になる。

なんでこっちは正社員なのに、デスクで30分集中して仕事もできず、分単位で動き回り電話をかけまくらないといけないのか?

仕事の質と量はこちらが圧倒的に重いにも関わらず、なぜ彼はこちらが言わなければ担当としてお願いした雑用を引き取らず、優雅に初日からデスクで缶コーヒーを飲むようなことができるのだろうか。

てめぇが正社員に転換して、正社員の増員枠が削られると聞いたから俺は辞めようと思ったよ。
おい、お前のことだよN○ぁ!

平成の終わりの東京

数年後、殆どの若者から見れば歯牙にもかけられない気持ち悪いおっさんとして、僕はみなされてしまうだろう。

そうなった時、記憶の風化で「昔は良かった」とか「若いというだけで素晴らしい」などと青春期を回顧しないように、
「昔は昔で酷かった」と気づけるよう平成の終わりを記録する。







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クリスマスの約束

母親が出先で倒れて、明日でもう3年になる。

救急搬送され、大手術をしてから命は取り留めたが、重度の後遺症を背負い「生きてても何も楽しみがない」と言われた。

どんな回答をすればよかったのか、
未だ僕は分からない。

くたびれた身体を癒すため、銭湯に寄って、
入浴後に脱け殻状態でスマホを触っていた。
するとテレビから小田和正の歌声が聞こえた。

そうか。「クリスマスの約束」か。

母が好きな番組だった。
そこから連想が始まり、明日で母が倒れて3年経ったこと、辛辣な言い方をすれば脱け殻みたいになってしまったことを思い出した。


今の母親は、記憶能力こそあれど、何かに感動したりすることがあるのかどうか怖くて聞けない。

少なくとも、本人の口から聞いた覚えは一回もない。




結局愚痴になるけれど、人生は短いのに人が辞めまくる田舎の会社に3年もいる理由を考えていたら腹が痛くなってきた。
何でわさわざ自分から「何も楽しみがない」ような状態に人生を規定してしまうのか。
もう。逃げるチャンスは少ないぞ。

えげつない嫌悪のループ

キモおじさんに好意を示された時の女性の嫌悪を恐れるあまり、女性に対して好意を表明しなくなって久しい。
女性との出会いを求めるより、金で性欲を解消する現実を飲み込んだドライなおっさんになったから、高齢独身女性がちょっと仕事を手伝ったからって自分にタメ口で距離詰めてくると血圧が上がってしまう。

距離感、近ぇよババア。

10年後も平日は愚痴 休日はグルメ

僕は刑務所みたいな管理をされたガリ勉高校時代を送ったが、当時僕は欲していたものは、
″今ここからの逃避″と食欲性欲の充実ぐらいだった。

前者については、今の僕を知ってる人には説明不要だろう。「僕はここにいたくない。ここにいるべき人間じゃない」ということをひたすら言い続ける僕の習性は、実は高校から端を発している。

後者については、当時からバイタリティは無かったので、遊びのために隠れてバイトをするほどではなかった。管理教育によるストレスは、目指す受験レベルに対して考えると大きすぎたと思う(東大とか医学部とかではないのだから)


ただただ自尊心を削られ、勉強を「させられている」という、そういう認識から抜け出せなかった。(※1)

どうしても、目指す将来から逆算して今(高校生活であったり会社生活)のあり方を考えることができない無能だったし、今もそうだ。真面目を装っていても、心の底では自身の将来に懐疑的だった。

実際、社会人となった今でも自身の生活の満足を三大欲求の充実だけに置いているのは昔から変わっていない。
この10年間の進歩の無さに震えている。

10年だぞ。
チャラい高校生が真っ当な一家の大黒柱となって働いてたり、母になって奮闘してたりすることは珍しくない。同世代ではありふれている。

翻って、自身は10代の幼稚性を引きずりながら、成人女性不信(蔑視)と少女礼賛思想を強めてるヤバいおじさんになっているが、対外的には年功序列系オワコン企業で働きながら一端の社会人の面をして歩いている。


10年間、僕は何もできなかった。


なぜ誰も興味の無い身の上話を書いているかというと、先日セミリタイア界隈で有名な三菱サラリーマン氏がセミリタイアを実行(退職&移住?)した記事がバズっていて、その中で身につまされる批判を目にしたからである。

直接の引用は避けるが、要約すると

「また若手中堅レベルの社会人が意気揚々とアーリーリタイア宣言して恥ずかしくはないのか?30歳前後でもまだ自分の仕事に誇りがないのはおかしい。自分はキャリア途中で○○士という職種に出会えて仕事の素晴らしさを知った。」


他人のライフイベントに口出しして最後は自分語りかよ!!って感じだが、言いたいことは分からんでもない。

しかし、自分がエネルギーを注げられる職種・仕事を見つけられる人はどれだけいるのか。
そして、天職を見つけるために、今の日本社会で職業人生の前半をトライ&エラーで費やす覚悟のある人はどれだけいるんだろう。

そもそも、情熱を持てる活動を賃労働の中から限定して探さなくともいいという意見すらある(天職は賃労働から探さない)

はっきり言って、仕事人間のイキりにしか思えない。
お前はただ運が良かっただけじゃねぇか。ボケが。





とは思いつつ、僕がこういう人生になっていて、
将来も暗い路地裏を歩く日陰者になる理由の1つには、刺激に対する反応性があまりに違うというのが大きい。

受験も、結局は仕事もそうだったけれど、人はそれぞれに器というものがあるし、その限界を見誤って背伸びをし続けると破滅してしまう。もうすぐ30歳になる頃になってしみじみ分かった。

忌憚なく言えば、退職後に人と関わりたい訳でもなく、移住生活がしたい訳でもなく、ただただ最低限の社会との繋がりを保持してセミリタイアを希望する人なんてのは社会不適合者なんだろう。僕含めて。

そういう特性を持った人間は、今現在の仕事に関係なく逃避するリスクとリターンが釣り合えば実行してしまう。中には公務員やら堅い会社の社員もいるだろう。

結局、逃避が原動力であり全て、みたいな器の人間もいる。悲しいけれど、「逃げる」が活動の全てのような人間が…

例の批判した人なんかには目に入らないんだろうな。


まぁ、入らないように生きてるから仕方ないのかな。


※1
自分からやるのが勉強だよ、という話はよ~く分かってます。色々書きたいことはありますが1つだけ書くと、当時から馬鹿正直に課題をやろうとするような人間だったから会社に入って潰れたんだと思ってます。